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作品を深く理解する上で参考になる書評・感想をまとめています

『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ)の優れた感想まとめ:抗えぬ死の運命

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日系イギリス人作家であるカズオ・イシグロ(1954年生)による長編小説。本国では2005年に(原題:Never Let Me Go)、日本語翻訳版は2006年4月に単行本が出ました。映画化やドラマ化もされ話題を集めていましたが、2017年にイシグロ氏のノーベル賞受賞をきっかけに再び注目が高まります。

 

 

 

 

 

『わたしを離さないで』に対する著名人の書評

若島正氏の書評(毎日新聞 今週の本棚)

SF的設定で描く「運命への抵抗」

わたしたちがすっかり物語に魅惑されてしまうと、謎はすべて、自然にゆっくりと明かされていく。いったん読者がこの不思議な世界のぼんやりとした輪郭をつかんでしまえば、もうそこにあるのは見慣れない世界ではない。イシグロがここで描こうとしているのは、あらかじめ決められた運命を背負わされながらも、その運命に抵抗しようと必死にもがく、語り手のキャシーをはじめとする登場人物たちの姿であり、あえてこの言葉を使うなら、きわめて「人間的」な物語なのだ。

mainichi.jp

 

アムネスティ書評委員会 C.S氏の書評(アムネスティ日本)

もし私たちが臓器提供者として人工的なクローン人間として生まれたら、登場人物とどれほど異なった抵抗を試みるだろうか?限られた情報と手段しかない環境では、やはりトミーやキャシーのように、寮の噂で聞いた延期の申請をするくらいではないだろうか?

キャシーとトミーは粘り強く抵抗を試み、叶わず力尽きた。私たちも、寿命がくれば死ぬ運命であることは知りながら、死に臨めば抵抗を試み、けれども死から逃れられない。

 

(中略)

 

運命にささやかな抵抗をしながらも乗り越えられず、折り合いをつけようとしてつけられず、受け入れようとするからこそ自己正当化めいてしまうキャシーの姿は、なんと私たち自身と似ているだろうか。

 

田中智彦氏、小松美彦氏の対談書評(週刊読書人ウェブ)

「ヘールシャム化」する世界 バイオテクノロジー社会の行く末にあるもの

田中:ヘールシャムの運営方針はクローンたちに「子供時代」を与えることでした。それは裏返せば、彼らを「子供時代」に釘付けにすることです。普通の境遇であれば、子供は大人をロールモデルにして成長し、社会やそのルールについて知ることができる。しかしヘールシャムのクローンたちは、運営者の「善意」によって、その可能性を組織的・構造的に奪われている。しかもヘールシャムを出された後、彼らに残されている時間はあまりにも短い。この世界と生を理解する術も時間もないまま、否応なく定められた「死と向き合う」ほかはないわけです。

 

(中略)

 

小松:〔ヘールシャムとは、〕すなわち、「偽物(クローン)歓迎/偽物(クローン)万歳」という意味なんですね。そのような名称に体現された時空間に子供たちを囲い込んで管理し、羊のごとく従順なドナーになるように飼育していく。まさしくフーコーの言う生権力機関がヘールシャムにほかなりません

 

田中:「死を忘れるな」とはよく言われますが、橘さんが求めるのは「死者を忘れるな」ということであり、この二つは決して同じことではありません。バイオエシックスも死については饒舌ですが、死者についてはほとんど何も語らないのではないでしょうか。

dokushojin.com

 

 

『わたしを離さないで』のAmazonレビュー

オジサン太郎の感想

社会的多数者の自己中心性を考えさせる本

クローン人間の悲劇、科学がもたらす悲劇として読めば、それだけで終わってしまうだろう。
しかし、この本から、宗教差別、外国人排斥、出身による差別などを連想しないではいられない。外見上は同じ人間だが、どこかで線引きされて、区別され、物として扱われる。

 

(中略)

 

人間とクローン人間の差別は世界中に存在する差別のひとつであり、その象徴なのだろう。そこでは社会的多数者の利益のために少数者の人権や利益を侵害することが正当化される。クローン人間を見なかったことにすれば、クローン人間から臓器提供を受ける社会的多数者は幸福な気持ちでいることができる。しかし、社会的多数者がひとたび現実を直視すれば、自らの残酷性に平穏な気持ちではいられない。この本はそのような不安感を掻き立てる。この本は、社会的多数者の自己中心性を考えさせる本である。

投稿者:オジサン太郎(2018年8月17日)

 

 

『わたしを離さないで』の読書メーター

humiさんの感想・レビュー

設定自体はSF的、ともすればディストピアも想起させるが、主人公たちは自らの不遇な運命に抗おうとしない。ヘールシャムという外から断絶した施設で育ち、自分たちが外の人間とは違うこと、自分たちが何なのかを徐々に知っていくが絶望するわけでもない。逃げ出すでもなく反旗を翻すでもなく、ただそのように生まれた人間として悩みながら生き遂げるだけである。

物語終盤、この世界の様相が明らかにされるがディテールは語られない。クローン文学とでもいうべきか。

 

わたしを離さないで humiさんの感想 - 読書メーター

 

むぎさんの感想・レビュー

最初は「臓器提供を宿命づけられた異様な人々」の物語のように読めるが、こういう見えない搾取/被搾取のメタファーが現実の世界の人々の中にも存在するように感じられてくる。ところがさらに、その区別さえも融解し、死を避けられない我々はある意味でみな〈臓器提供〉しているようにさえ思える。著者の想像力には狂気さえ感じると同時に、社会を見つめる冷徹さも感じた。

わたしを離さないで むぎさんの感想 - 読書メーター

 

緑虫さんの感想・レビュー

臓器提供用として生み出されたクローンたちが、「真に愛し合うカップルは臓器提供を猶予される」という(嘘の)噂にすがって愛し合う姿は残酷で美しい。愛し合っていることを証明するために、個人の魂を証明する必要が出て、そこから非クローンがクローンの魂を認めたくないこと、クローンによる臓器提供の倫理的問題に接続される。

卓越してはいないかもしれないがテーマとモチーフの選び方がこの上なく適切。また、クローンとして生み出され少ない情報の中で育った語り手の語り口には作者の技巧を感じた。

わたしを離さないで 緑虫さんの感想 - 読書メーター

 

 

 『わたしを離さないで』のまとめ

 

人間のために死を運命づけられたクローン人間、という設定の主人公たちの存在が、私たちの生を捉え返す鋭い視線を与えてくれる内容です。